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zenetics

カンブリ庵

ヒトノカタチイズルトコ。ニホンノカタチイズルトコ。

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企画術 - 003

  • Nov 11, 2006
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◎001の「表現」についてのコメント。ここで指す「表現」とは内容にかかわらない表層的意匠のこと。◎企画はなによりも胸のつかえをとるものでなくてはならない。◎企画は感動にはじまる。◎少しでも人を勇気づけるものであって欲しい。

Post a comment Tags: 表現, 感動, 表層的意匠

企画術 - 002

  • Oct 30, 2006
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◎企画力 = 想像力 × 構想力 × 表現力 × 現実力

Post a comment Tags: 企画, 想像力, 構想力, 表現力

企画術 - 001

  • Oct 28, 2006
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◎企画は表現を利用するが表現ではない。表現がないと企画にはならないが、表現を目指しても企画にはならない。企画では構想を明確化するためにキャッチと図を利用する。キャッチの言葉は人を引き入れるためのものではなく、それをぴたりと言い当て、他の言葉を封じる。企画書にこめる言葉は文芸ではなく、言葉を捨て去るように、消しゴムで書くように書く。図はイメージではなく、なによりも核となる要素の関係と構造をあらわす。そこにすべてが尽きる。◎いまあまりに、パワーポイントをそのまま使った紋切り型の「企画書」や、文芸的・美術的な「企画書」が横行する。およそ企画が見当たらない。この傾向が官公庁の企画でも流行している。◎企画はあくまでもリアルな世界そのものに由来する。だからこそ文芸にも美術にもなってはならない。表現に感動してはならない。◎企画は世界をつまびらかにするためのものである。

Post a comment Tags: 企画, 想, 消しゴム

想学準備稿

  • Oct 15, 2006
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◎いま目論んでいる『想学』の目次を公開しておく。これは仮止めのものでここから鍛える予定。こころのなかに入り口と出口をしつらえておくことが肝要だ。いつまでもドラッカーやグーグルでは間にあわない。

◎◎『想学 - 目次篇』

Post a comment Tags: 想, 想学

想と遊 ~ 十五文字で綴る人類の歴史

  • Oct 14, 2006
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◎想のきっかけには像と感があった。

◎想と遊は一対。想が遊を生み、遊が想を育む。想は動物らしさをつくり、そこにこころが宿る。それがもれだすと遊になる。やがて遊から言がもれ、書がやってくる。これが史と空を呼びこみ、文がはじまる。これが縦の流れ。少し横を見ておくと、遊は祭と神を生み、言は村と語を生み、書は都と人を生んだ。

Post a comment Tags: 人, 祭, 遊, 想, 書, 像, 感, 村 …

こころをスケッチする。

  • Sep 28, 2006
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◎こころははじめからあったわけではない。はじめにあったのは感覚。まず味覚と触覚と嗅覚と聴覚があった。これらの感覚がどのような順序で立ちあがったのかはまだはっきりしない。これらの感覚は外界からの刺激として緩やかに統合されていた。まだそれほど大きな脳は必要としない。このゆるやかに感覚が重なり合う感覚がこころの原初になる。

◎カンブリア紀に大事件がおきる。おそらくは海が明るく、様々な影がそこかしこを横切るようになったからであろうが、三葉虫に眼が誕生する。眼の誕生によって視覚が生まれ、像を結ぶようになる。いままで味覚や触覚や嗅覚や聴覚でもとめていた餌が手に取るように見えるようになる。少しずつ餌に近づくのではなく、餌めがけて一直線に動けるようになる。餌にとっても事情は同じだった。捕食者から逃れるためには眼が必要だった。そしてカンブリア紀の大爆発が起きる。

◎この像がこころの部品となる。原型としてのこころは像(イメージ)をもとに組み立てられる。そしてこの像を処理するために、脳が複雑化し、自己組織化する。そして構造化される脳でより高度な記憶や判断や動作が可能となる。これがこころの原型。爬虫類脳に連なっていく。

◎遊びはこころを育てる。きわめてプリミティブであってもきっと三葉虫も遊んでいた。

◎生物が陸にあがる。陸にあがることで感覚はさらに鋭敏になり、さらに視覚が重要な役割をもつことになる。地上は海より遥かに明るかった。そして声を出すようになる。声を空間にみたすことで、自分という空間をつくる。そして脳はさらに構造化され旧哺乳類脳が立ちあがる。

◎やがて二足歩行する。二足歩行すると脳がさらに発達する。むしろ脳を発達させるために二足歩行を試みたといってもよい。そして名前が加わる。名前といってもまだ言葉ではない。音と像が対応するようになる。こころはソフトウエアとしてさらに構造化を進める。

◎うたがはじまる。すでにネアンデルタール人もうたを歌っていたのかもしれない。連なる音の語り、連なる音のパターン化がはじまる。そして言葉が生まれる。これがさらに一大転機となる。直感でなく、考えることが可能となる。新哺乳類脳がうまれる。イメージだけでなく様々な感覚に言葉を加えて、世界のモデルをもてるようになる。自分を認識し、人を認識し、世界を認識するようになる。

◎それまではこころはイメージと感覚の集積だった。それが言葉によって臨機応変に動き回るモデルに飛躍した。

◎さらに文字を発明する。こころは自分をはみでて、都市と社会を形成するようになる。手渡しで人に言葉を伝えることができるようになる。社会という器がこころで満たされるようになる。これは仮想としての存在だが、胸のうちも仮想の存在である。

◎そしてインターネットが生まれる。電子メールは衝撃的だった。もう言葉を印刷する必要もなく文字化することができるようになった。

◎ざっとこころの由来を追う。こころはその仕組みや脳との関係だけでは理解することができない。なによりもどのような道を歩んできたかを知ることが大事だ。

◎「情報」と呼ばれるものが生命の周辺に集中しているのも、このようなこころの有様と無関係ではない。「情報学」はなによりも「こころ学」であることをこころにとめておきたいもの。情報は像である。

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空気と世間。

  • Sep 19, 2006
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◎もう少し世間にくいこんでおきたい。
◎かつて山本七平は『「空気」の研究』(文芸春秋 1977)で「われわれは常に、論理的判断の基準と、空気的判断の基準という、一種のダブルスタンダードのもとに生きている」ことを指摘し、この空気の正体に迫った。「空気を読んでくれよ」というときのあの「空気」である。本当の判断の基準は「空気が許さない」という空気的判断であり、空気が読めないとコミュニケーションがうまくはたらかないことを明かした。
◎冷泉彰彦は『「関係の空気」「場の空気」』(講談社、2006)で、それをさらに進めて日本のいまの窒息的状況の空気を見つめる。上司と部下のやりとりから教室の雰囲気、キレルこどもたちまで。ふいにその空気のなかに訪れる沈黙から日本語の問題をひきだす。空気がつまって窒息的状況に陥るのは、すでにその空気にあう言葉が失われてしまっているからだということを指摘する。そしてまずなによりも日本語の教育が急務であるとする。
◎たしかにこの空気は問題である。だがこの空気はひとつのものではない。友だちとの空気、学校の空気、会社の空気、近所の空気、家庭の空気、みな異なる空気である。世間に空気がつまっている。空気とはその世間をあらわすモードだろう。
◎世間につまっている空気は言葉だけではない。妙に居心地が悪かったり、バツが悪かったりする。世間にはそれぞれのしきたりがあり、それは言葉のみならず人のあらゆる行動に及ぶ。人の行動のための器となっている。習慣は生活にあるが、慣習は世間にある。
◎世間という見立ては否定的な向きが多いが、なぜ世間が「日本らしさ」をつくるのか。そのあたりを徘徊していきたい。

Post a comment Tags: 世間, 空気

仮想化する。

  • Sep 16, 2006
  • Post a comment

◎情報は組み換えることができる。この性質を最大限に利用した技術が仮想化である。いま巷には様々な種類のCPUを持ったコンピュータがあふれているが、どのコンピュータでも動くソフトをつくるにはどうしたらよいか。もちろんそれぞれのコンピュータ向けに同じソフトを書き換えてそれぞれで動かせばよいのだが、それははたして同じソフトを動かしていることになるのか。同じソフトの亜流を数多く持つことになっていないか。
◎そこに仮想化の技術が登場する。1970年代のはじめ、XEROXパロアルト研究所でALTOという「パーソナル・コンピュータ」が産声をあげる。ミニコンピュータの旗手VAX11の登場より前で、まだコンピュータといえば大型コンピュータが部屋を占有して計算している時代だった。そのときに誰もがコンピュータを使う時代を目指して、そのモデルとして作られたのがALTOだった。プロジェクトの中心人物はアラン・ケイだった。
◎ALTOのOS(オペレーティング・システム)として設計されたのがSmalltalkだった。Smalltalkはプログラミング言語を枠をはみだして、コンピュータ環境としてはたらいた。このときCPUの差を吸収してソフトウエアが動く仕組みがしつらえられた。それが仮想機械(Virtual Machine)である。仮想機械はCPUとソフトウエアのあいだに入り、ソフトウエアの命令をCPUへの命令に翻訳する役割を果たした。この当時、コンピュータ技術の伸展もめざましかった。明日はまったく新しいCPUが登場して時代を変えてしまう気配すらあった。
◎この仮想機械も実はソフトウエアである。ただこれはCPUの振りをするソフトウエアであり、他のソフトウエアから見ればこれがCPUに見える。仮想機械をはさむことで、新しいCPUが登場しても仮想機械をそのCPU向けに書き換えればそれより上位のソフトウエアを書き換える必要はない。これはソフトウエアの革新だった。
◎インターネットが普及するようになると、様々なCPUを持つコンピュータがネットにつながることになる。この環境のなかでどのコンピュータでも動くソフトウエアをつくろうとすると仮想機械が必要になる。いまこの役割を果たしているのがJavaである。Javaはアプレット(applet)と呼ばれるJavaの仮想機械向けに書かれたソフトウエアをネットでやり取りし、ホームページに動きを与えたり、ネットでサービスを提供したりする。
◎いま、もうひとつ大きな仮想化技術が動きはじめている。これはネットに接続された多くのコンピュータをひとつのコンピュータに見立て、その仮想計算機を多くの人が共有しようとするもの。このところコンピュータの速度もますます速くなっているが、誰もがそれだけの処理能力を常に必要としているわけではない。これらのコンピュータの処理能力(計算資源)をネットでまとめて管理し、必要に応じて利用すれば複雑な計算をさらに高速で行うことが可能になる。これがグリッド・コンピューティングと呼ばれるもので、現在のスーパー・コンピュータの基本戦略もこの仕組みによっている。
◎たとえば遺伝子解析や宇宙からの電波の解析、はてはリアルなCGの計算まで実際に利用されている。この仕組みを利用すると、机の上のPCでその能力を超えたコンピュータを利用できるようになる。超巨大な計算機をむやみにつくって動かすより、すでにある小さなコンピュータをつないで動かすほうが環境のためにも良さそう。
◎仮想化は、これからの社会のインフラを構築するための重要な技術である。コンピュータがやっと人が使える代物となる時代のための技術である。そしてこの技術の基本は情報が組み換えできることに着目し、柔らかくつないでやるというところにある。

Post a comment Tags: java, smalltalk, alto, 仮想機械, グリッド・コンピューティング, 仮想化, 仮想計算機 …

世間とメディア。

  • Sep 16, 2006
  • Post a comment

◎米国ではじまったインターネットが日本に持ちこまれると、米国をお手本にしてインターネットのあれこれを考える癖がつい出てしまう。米国のなかの出来事を考えるときはそれが妥当なのだろうが、日本のなかは事情が異なる。情報は事情とともに考えるのが肝要だ。
◎インターネットはなによりも人と人を結ぶ基層をなすもの。人と人の結ぼれは文化が反映する。普段話すること、どんなときに話をするか。これは文化の問題であり技術の問題である。技術予測より文化予測に気をはらうのが大事。もちろんどんな人と人の結びつきも抽象化してしまえば文化の差も気にならなくなってしまう。これが落とし穴になる。
◎日本では、自分と社会のあいだに「世間」がある。世間体や世間様も人が物事を判断する大事な要素である。世間とはなによりも人と人を結びつけるための「うわさ」が飛び交う空間であり、手の届く空間である。まだテレビもなかった時代には「社会」など自覚するすべもなく、そこにあったのは身体的感覚をともなった世間だった。実はこの事情はいまも変わらない。
◎インターネットの世界でも世間が動いている。パソコン通信も日本では世間があった。2チャンネルをはじめとする掲示板も、ブログをはじめとする「日記」も、日本では自分と世間を結ぶものだった。
◎米国では世間を飛びこえた社会と結ぶメディアとしてインターネットがとらえられる。するとブログもまずなによりも個人にはじまるジャーナリズムの文脈にある。そして日本のブログを指して、あまりに私的なメッセージが多くまだ未熟と切り捨ててしまう傾向が強い。だが、ここには社会と世間の違いがある。
◎日本では人と人が様々な場面で結びつくために、様々な世間を準備してきた。世間のなかには様々なしきたりがあり、それは守らなければならない。世間同士のしきたりがぶつかってしまうと義理か人情かと世間の板ばさみになりながらそれを解消しようとする。
◎世間は、社会という視点で見ればきわめて私的な空間である。日本ではそんな私的空間である世間を幾重にも幾重にも重ねながらその集合を社会に置いていく。背広を着たサラリーマンが仕事が終わるとネクタイを緩めて赤提灯に寄りたくなるのも、そこが世間だからである。これは日本の方法である。
◎2チャンネルは、インターネットが日本に入ってきたとき、なによりも若年層が世間に反応した例である。インターネットが商用化されてもほとんど一般の人がホームページを持とうとしなかったのはまだ未熟だったからではない。ホームページなるものが世間にはなじまなかったからである。日本のブログがつい未熟と言われてしまうのも事情は同じ。ブログはなによりも自分と世間を結ぶためのメディアとしてはたらいている。
◎世間というキーワードは、インターネットだけのことではない。アニメからJ-POPからありとあらゆる文化の諸相にかかわっている。日本という場所を豊かにしていくためにはなによりも世間について考えてみたい。ひとつだけ気がかりなことがある。「フリーター」と呼ばれる人々である。彼らは社会をめざしながら世間にうまくかかわることができずに宙に浮いてしまっているのかも知れない。
◎米国ではインターネットはなによりも社会メディアであるのだろうが、日本ではなによりも世間メディアである。

Post a comment Tags: ブログ, インターネット, 掲示板, 社会, 世間, メディア

まずは道具立て。

  • Sep 15, 2006
  • Post a comment

道具は基本的にオープンソースとフリーのサービスで。ネットを使うのにまず必要なのはブラウザとメール。

◎Firefox
http://www.mozilla-japan.org/products/firefox/
ブラウザの基本機能はすべて備えている。一企業の戦略に左右されていないのも魅力。

◎Thunderbird
http://www.mozilla-japan.org/products/thunderbird/
メールソフト。メールソフトというとつい買ったPCにバンドルされているソフトをそのまま使いたくなるが、きっとこちらのほうが秀逸。迷惑メールの振り分け機能もある。欲を言えば送信サーバをアカウント毎に設定できるようにして欲しかった。

◎Google
http://www.google.co.jp/
ご存知検索エンジンの老舗。検索はひとつのキーワードだけでなく複数のキーワードを組み合わせるほうがよい。

◎Technorati
http://www.technorati.jp/
ブログ検索エンジンの先駆け。ブログを更新してRSSを送るとすぐ検索対象に。いまのトレンドを知るには検索エンジンでは少し古すぎる。

◎Flickr
http://www.flickr.com/
デジカメなどで撮った自分の写真はここで整理。タグ(キーワード)をつけて整理すると後々便利。

◎Youtube
http://www.youtube.com/
動画はここで整理。思わぬ昔のテレビ番組に出会うこともある。

◎Vox
http://www.vox.com/
ブログを開設するならここ。ブログの基本機能での洗練がまぶしい。アクセス・コントロールもできるので、会員制のブログだってできる。

◎Google Earth
http://earth.google.co.jp/
空から地球を散歩するもよし、マーケティング情報を取り出すもよし。これからは知性だけでなく地勢だって必要。

◎Clipmark
http://clipmarks.com/
ブラウザで気になるページをみつけたらその場でクリップ。これからはリンク集よりクリップ集。

◎OpenOffice
http://ja.openoffice.org/
ワープロや表計算やプレゼンテーションが必要ならこれ。オープンソースで十分いける。PDFだって作れちゃう。

◎MkEditor
http://www.mk-square.com/
なんだかんだといって様々な場面で必要となるテキスト・エディタ。とことん使いこむためのエディタもあるが、ここでは手軽さで。

Post a comment Tags: はじめて, 道具, オープンソース

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